2012年4月13日金曜日

新規抗癌剤とその二次発癌のメカニズムを考える:六号通り診療所所長のブログ:So-netブログ


こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。

今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
新規抗癌剤による二次発癌のメカニズムについての論文です。

悪性黒色腫(melanoma)は最も悪性度の高い皮膚癌で、
皮膚以外に食道の粘膜などにも発症します。
特に転移を伴う悪性黒色腫は、
予後の悪い癌として知られています。

転移性の悪性黒色腫の治療には、
比較的古い抗癌剤である、
ダカルバジンという薬が、
手術後の化学療法として使用されていますが、
その効果は必ずしも充分なものとは言えませんでした。

転移性の悪性黒色腫の半数には、
細胞の増殖のシグナルに係わる、
BRAFという遺伝子の変異が認められ、
それが癌の増殖に重要な役割を果たしている、
と考えられています。

この変異をBRAFV600Eと呼んでいます。
この変異のある癌においては、
このシグナルを阻害する、
BRAF阻害剤が治療効果のあることが期待され、
そうして開発された選択的BRAF阻害剤が、
Vemurafenib です。

この薬は臨床試験の段階で、
これまでの抗癌剤を上回る効果が確認されましたが、
その一方で臨床試験の段階で、
1つの問題点が浮上しました。

それは、この抗癌剤を使用した患者さんで、
使用後に高率に他のタイプの皮膚癌が発症する、という事実です。


X線の医学利用は何ですか

それは扁平上皮癌やケラトアカントーマと呼ばれる癌ですが、
この抗癌剤を使用した患者さんの、
15~30%という高率で発症しているのです。

勿論その予後から考えれば、
悪性黒色腫の方が遥かに悪いので、
治療の効果が否定されるというものではないのですが、
これだけの高率で、
抗癌剤の治療によって別の癌が誘発されるのですから、
そのメカニズムの検証なしに、
この薬を使用する訳にはいきません。

しかも、誘発癌の発症は、
抗癌剤の使用から、
数週間から数か月という、
非常に短期間で生じているのです。
これは直接的に発癌に繋がるステップが、
強力に促進されていることを示しています。

そのメカニズムは、
果たしてどのようなものなのでしょうか?

そこで今回の論文では、
実際にこの抗癌剤の使用後に、
二次発癌を来した患者さんの遺伝子を検査し、
動物の発癌実験とも組み合わせて、
二次発癌のメカニズムを検証しています。

その結果…

二次発癌を来した患者さんの6割に、
KRASという別の増殖シグナルに係わる遺伝子の変異が見付かり、
この変異のあるネズミに、
BRAF阻害剤を使用すると、
通常とは別個の経路において、
細胞の増殖シグナルが、
異常に刺激されて発癌に結び付く可能性が高いことが、
示唆されたのです。


人間は炭水化物を使用する方法

こちらをご覧下さい。

これは論文自体ではなく、
論文の掲載された雑誌に載せられた、
解説から引用したものですが、
現時点で推測される、
BRAF阻害剤による抗癌作用の仕組みと、
それによる二次発癌のメカニズムを図示したものです。

まだ仮説の段階の話ですし、
複雑怪奇なので、
ここでこの図の細かい解説はしません。

簡単にアウトラインだけお話しますと、
何も遺伝子変異のない状態では、
一番左の図に書かれているように、
細胞の増殖を刺激する物質が、
細胞表面の受容体にくっつくと、
それがRASという蛋白質を活性化させ、
それが一連の物質を、
ドミノ倒しのように連鎖的に活性化することにより、
最終的にMAPKの活性化から、
細胞の増殖の指令が伝達されます。
細胞の増殖は、
RASが活性化されるかどうかで、
基本的には調節され、
勿論必要に応じて刺激されたり抑制されたりします。

ここでRASの下流にBRAFと呼ばれる蛋白があり、
これがRASに2量体の形で結合します。
このBRAFにたった1つの遺伝子の変異があると、
RASが活性化されないのに、
勝手にBRAFが活性化してしまい、
増殖のシグナルが暴走して、
発癌に至ります。

これが悪性黒色腫の発癌のメカニズムの1つであると、
考えられているのです。

そこで、このBRAFの暴走を抑制するために、
変異型のBRAFのみを阻害する薬が開発されたのです。
それが、今回ご紹介したBRAF阻害剤です。


胞子形成細菌によって引き起こされる疾患名がその

ところが、
大元のRASに変異がある個体では、
変異したRASの信号は、
BRAFではなく、
CRAFという別の蛋白質を活性化させ、
そこにBRAF阻害剤と結合した変異型のBRAFが結合すると、
今度はより強力に、
増殖のシグナルを下流に送ってしまうのです。

これが、
BRAF阻害剤によって、
悪性黒色腫の進展が食い止められても、
別個の発癌が生じるメカニズムだと、
考えられています。

ややこしいですね。

現状考えられていることは、
まずより下流にあるMEKの阻害剤を、
BRAF阻害剤と組み合わせることにより、
その二次発癌のメカニズムを抑え込もう、
という発想です。
もう1つは予めRASの変異があるかどうかを調べておき、
BRAFの変異があってRASの変異のない方にのみ、
BRAF阻害剤を使用する、
という考え方です。

ただ、発癌のメカニズムはまだ未解明の部分があり、
そうした人間の浅知恵が、
また別個の予期せぬ影響を、
及ぼす可能性も否定は出来ません。

今回の現象を、
どう考えれば良いのでしょうか?

抗癌剤、特に特定の分子をターゲットとした、
所謂分子標的薬は、
他の治療で充分な効果の望めない、
悪性度の高い癌の患者さんにとって、
多くの可能性を秘めた治療の武器です。
特定の遺伝子の変異を持つ人だけに、
効果があるというその性質から、
今までの「細胞毒」のような抗癌剤よりも、
その副作用も少ないことが期待されます。

ただ、細胞の増殖に至る伝達系というのは、
非常に複雑で未解明の部分もあり、
ある癌に対して有効な治療が、
他の癌を誘発してしまうような作用が、
起こり得るのです。


今回のケースでは薬剤の使用後、
極めて短期間で別個の発癌が誘発され、
実際に発病している訳で、
それが高分化のものであったことは幸いですが、
仮に悪性度の高い癌が誘発されれば、
治療によって却って患者さんに、
より不利益を与えるような事態にもなりかねません。

また、短期間の発症のため、
臨床試験中にその事実が明らかになった訳ですが、
これが数年以上の期間を置いての発癌であれば、
臨床試験では問題なく、
多くの患者さんに使用されて初めて、
その事実が明らかになる、
という可能性もあるのです。

科学の進歩は発癌のメカニズムの、
かなりの根幹まで迫っていることは事実で、
今後も多くの進歩があり、
多くの新薬が発売されることになるでしょうが、
優れた抗癌剤というのは、
諸刃の剣の部分があるということを、
僕達はもう一度改めて認識し直す必要があるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。



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